2014年03月25日

大学院を卒業したのとこれまでの大学院生活を振り返って

先日無事に卒業することができました。
単位が確定する前日の夢で本当は単位が足りてなくて、留年が確定したという夢織2回も見てしまって
うわあああとなりましたけど課題を提出した単位はほとんど取れてたので無事に卒業できました。
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さて大学院生活ですがあまり思った通りに進めることができませんでした。
大学院修士過程で1番大事と言われる論文制作ですが、これの結果はCとお寒い結果に。
何故このような事態になったのか。またもしこれから先文系の大学院に進学するよという方がいれば他山の石として今回の記事を読んでください。

失敗したなと思う点その@
論文に取り掛かるのが遅かった。
割とこれが1番失敗した理由じゃないかと思ってます。僕は入学する際に研究計画書というのを書いたんですがあまりそれを変えずに勧めました。ですが、論文の根っこは同じですがフィールドワークする場所や団体などがちょこちょこ変わり、本格的にデータを集め始めたのが修士2年の11月ほど。
これじゃ満足いく結果を得るのは難しいと思います。
ですが、こうなってしまったのも就職活動が長引いてしまい、2年の9月まで活動を続けていてそれが原因のひとつとも思われます。
論文というのは集めたデータを書く作業はどれだけ短くても3ヶ月はかかると思ってください。
つまり良いデータがないと書くのにも時間がかかるわけです。

失敗したなと思う点そのA
就職活動を始めるのが遅かった。
就職活動が始まる時期がだんだんと遅くなってきているようですが僕の頃は1年の10月あたりから始まっていました。ですが就職活動を始めたのは2年の4月頃からという余裕っぷりでした。
しかもうちの大学院は何か専門の知識を教わるということはないので、競争相手はたくさんいるフレッシュな学部生ばかり。彼らと競争をしつつ自己分析をして入りたい業界を決めてエントリーシートを書く。
これは就職活動を始める前に予めやっとくべきだったと思います。僕は学部の時は全く就職活動をしてこなかったため、大学院に入って始めてしてだいぶ苦労しました。
結果として決まったのは2年の8月頃なのでかかった期間は4〜5ヶ月ほどでした。長さとしてはそれほど
時間がかかったとは思いませんが、そのすぐ後に論文制作が控えていたことを考えると、2年の夏までには文系修士の方は内定を決めておいたほうがいいと思います。
修士は2年間しかなく本来これにすべての時間を注いでもいい論文が書けるか分からないため、それ以外のことにかける時間は極力減らしたほうがいいと思われます。
ただし、修士の期間を3年にすると今度は就職がまた難しくなるので期間延長はアカデミックの道を極めるんだという方以外にはあまりお勧めできません。

失敗したなと思う点そのB
ゼミの指導教授と研究した内容がうまく噛みあわなかった。
実はこれも結構大事なポイントでして大学の教授なら何でも知ってるだろうし、さらに専門的なことを教えてくれる大学院の教授なら何でも知ってるだろうと思ってる方が多いかもしれませんが、基本的に大学の教授は自分の専門のことしか興味がありません。
え?そうなの?と思われる方が多いかもしれませんが、大学の教授をなるというのはほとんどの方が学生を延長して論文を書き教授になるというパターンが多いわけです。その過程で様々な見聞は身に付きますが自分の専門以外は知識としては知ってるが論文としてどう書いたらいいかと言うことを指導できない人が結構います。
「授業なし・宴会だけ」に弁護士、一橋大と指導教授ら提訴ニュースな待合室出典
記事が消えていたためよそのブログのリンクを引用させてもらいました。
内容ですが
訴状などによると、佐藤弁護士は2002年4月、同大学院国際企業戦略研究科に入学。修士論文の指導教授の授業を受けようとしたが、この教授は02〜04年度に一度も授業を開かず、各学期の初めと終わりに宴会を開いただけだったという。その後も指導を受けないまま、今年1月に修士論文を提出したが、不合格にされたとしている。
とありますけど、これだけ見ると何も指導しない大学院とかひどいと思うかもしれませんが基本的に指導してくれない教授は本当にノータッチです。
論文を指導してもらいたければ指導教官にアポイントを取って自分から話を聞きに行かないとダメなのです。
だから、何も教授に相談に行かなければ教授はこっちは問題ないと思い後で全く出来てないことが判明して愕然とするということがよくあります。
僕も教授に「どうすればいいっすか」と何度も脚を運びましたが「ん〜君のやりたい通りにやればいいよ」と
言われよっしゃと思って書いたのが、査問でフルボッコされたという非常に苦い経験があります。
ただ、それも教授が悪いのではなく恐らくですが僕の研究してる内容が教授の専門と若干のミスマッチがあったのだと思われます。例えば社会学を教える教授がいたとしても実は社会学の○○という現象に詳しくそれについていくつもの論文を書いているが、都市文化論に関してはそれほど詳しくないとか、もちろん逆のパターンもたくさんあります。なので指導教官というのは入る前にしっかり決めておくこと。また前もって相談することというのが文系の大学院において最も大事なことじゃないでしょうか。
僕の場合ですが、指導教官は先ほど言ったように自由放任にさせる方でしたので、副指導の教官を割と研究内容に近い方にしてもらったのですが、その方が1年ほどで退任されてしまったので新しく副指導の教官を決めたら
どうやらあまり僕の研究分野と被ってなかったという失敗がありました。
なので指導教官、副指導教官はしっかり考えて選んだほうがいいです。
うちの大学院だけかもしれませんが、口頭試問の時は3人いてその中の2人は指導教官と副指導教官ですので、これまで君の好きなようにしなよと言って適当に書いた論文をいざ目の当たりにして烈火のごとくダメ出しされるということも僕を含め何人かいました。なので指導教官とのコミュニケーションというのは大事だと思われます。

失敗したなと思う点そのC
先輩や他の大学の院生と情報共有ができなかった
先ほど全てあげたような内容はおそらく先輩に話を聞けば、前もって教えてくれるものだと思います。
ですが不幸なことにうちのゼミはあまり交流がなかったため上記のことに気づいたのは論文を書き終わってからのことでした。大学院に来られる方は様々で変わった方や社会人も多いためコミュニケーションが出来ないということが結構あると思います。別に喧嘩をしていたわけでもないですが文系の大学院は同じゼミでも研究内容が違いあまり関心を持てない、教えてもらえることができないということもあります。
その場合はゼミだけでなく他ゼミに話を聞いたり似たような研究をしている大学院の教授に話を聞きに行き、ゼミに参加させてもらって交流をすべきだったと思ってます。
やはり、情報を共有するということは大事ですし大学院生が失敗する壁というのは皆共通のものだと思ってるからです。僕も自分の書く論文の先行研究を行っていた方にアポイントメントを取り、お話を聞かせてもらいに行ったりしました。
大学院というのは閉鎖的な存在ですのでよその大学院がどのようなことをしているという情報が全く入ってこないことが多いので、こちらの事情を話ししたりすれば向こうも同じような悩み相談など出来るかもしれません。
理想としては同じ研究対象を他大学の方とチームを組んでデータを集めることが理想なのですが。
やはり一人では独自的で豊富なデータを持つ論文を書くというのは難しいと思います。


以上を持って大学院で失敗したなと思う点を挙げてみました。
ほかにもいくつかあったと思いますが、ぱっと思い浮かぶのが上記の4点です。
大学院というのは学部の時より時間があり取る単位も少ない分、大学に行かなくても全く問題ないので自主性というのが問われる場所だと思います。なのでこれから大学院に入ろうと思われる方、現在修士1年の方は計画を持った大学院生活をお勧めします。

とりあえず18歳から大学に入り27歳で大学院を修了して10年にわたる学生生活が昨日終わったことを考えると少し感慨深いですが、これからは社畜になって働きたいと思ってます。
27歳文系修士のモラトリアムですがもうモラトリアムが終わったためこのブログもどうするか考えようと思ってます。わずかな期間ですが覗いてくれていた方ありがとうございました。
posted by ひろ氏 at 16:50| Comment(3) | 大学院について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

関西に行ってきました(映画村、神戸、高速バス編)

関西に行ってきました(1日目京都編)の続きです。

さて2日目は京都の映画村に行くことに。
映画村は僕も行くのは初めてなので若干興奮気味です。映画ので時代劇のセットを組んでる場所で
よくここで撮影されてるみたいですね。
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いかにも江戸時代みたいな町並みでした。
ちなみに僕が行った時イベントでチャンバラのシーンがやってましたけど、この時期も修学旅行生が多くて人だかりがすごかったので見るのは諦めて適当に街をぷらぷらと。
するとこんなものが。
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どうやら忍者の修行が出来るとのことで昔から忍者の好きだった僕は早速入ってみることに。
僕と同じように童心を持ってる小学生が並んでいましたが気にしません。
NARUTOのコスプレみたいなのをしている忍者のインストラクターの人についてって修行してきました。
内容は手裏剣投げとアスレチックみたいなことやらされたの覚えててしょぼくてガッカリしましたが、とりあえず修行はしたからこれからは忍んで生きていこうと思います。
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橋を通って江戸時代の町並みを楽しんできました。
途中で新選組も有名なのか新選組のコスプレをした店員が店の勧誘をしているのを見て、高校時代新選組に大ハマリしてしまい新選組のハッピを買ったり修学旅行でそれを着ながら京都をうろついた黒歴史を思い出してうわあああとなりましたけど、現実逃避をすることで事なきを得ました。

映画村の帰り道にこんな道路標識を見て妙にエロいと思ったんですけどこれは僕だけですかね。
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京都を離れて次は神戸へ。
実は僕生まれが神戸なので今更見回るとこないかなと思いましたけどこの日は天気がいいのでハーバーランドに行きました。
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やはり神戸は港町なだけあって海が綺麗に見えます。
いや瀬戸内海ですから海自体は濁ってますけどまあ気分的には綺麗っぽく見えますね。
神戸のランドマークのポートタワーもここに
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あとなぜかニンジャフェアがやってました。
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さてハーバーランドに行ったあとせっかくなのでセンタープラザに行くことにしました。
センタープラザって何それ?という方に説明しますと商業施設でなぜかアニメイトや虎の穴ゲーマーズや
メロンブックス。そしてAVショップなどがある東京で言うと中野みたいなところです。
昔は良くここでエロ本を買ってました。
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僕がセンタープラザによく行ってたのは高校生の時で、今27だからほぼ10年ほど前の話ですけど久しぶりに見ても全く雰囲気が変わっておらず上下黒の私服を着てる高校生や一人でぼけーっとあたりをプラプラしてる人など昔と全く変わらず、僕も思わずエロ本買わないとと思わせるノスタルジーがありました。
知り合いとセンタープラザをうろうろしてたら「なんだかここ赤羽に似てますね」と言われて「そんな田舎と一緒にするんじゃない!」と怒りましたけど、今思えば確かに似てる気がします。
IMG_4947.JPG献血ルームにいたハルヒ

センタープラザで童心を思い出したあとは時間もあまりありませんでしたがバスで帰ることに。
行きしバスで寝られず苦労したので、この日は朝早くに起きバスに着く頃にはもう眠くばっちり眠れると思ったんですが、それが大失敗でした。
VIPライナーと大層な名前がついていたのですが、どうやら最近規制されかけのツアーバスでバスにトイレがついてなくバスの中で尿意とともに戦って死にそうになりました。
IMG_4964.JPGツアーバスのため待ち合わせまでぞろぞろ連れて行かれるVIPの方々の集まり

どうやら予約したときちゃんと見てなかったためトイレがないことに気づかず、ビールをガバ飲みしてしまい帰りは尿意となぜか押し寄せてくる便意に負けそうになりつつ池袋に帰還を。
家に帰って高速バスのアンケートのお知らせがあったので書いておくことに。
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結構端折って書きましたが関西に久しぶりに帰るとやはり皆関西弁を使ってたりエスカレーターが右に並んだりと懐かしさを味わうことができました。
またどこかに旅行した際にはこうした記事を書きたいと思ってます。
posted by ひろ氏 at 20:45| Comment(6) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

3.11の思い出

どうもこんばんは。
昨日単位の確認をしたところ無事卒業できるらしいのできゃっほー☆彡\(^^)/と知り合いを飲みに誘ったら
お前もこれから会社の犬だと返事が来てプチ憂鬱です。
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さて今日は3月11日ですね。
わざわざ解説しなくても今日は東北大震災のあった日。あれから3年経ったとは言えまだ傷が癒えない人も多いと思います。
震災についての悔みの言葉を書いてもいいですけど湿っぽくなりそうなので、あの日僕が何をしていたのかについて書こうと思います。

2011年3月10日ですけど僕は関西でオフ会をしていました。
しかも男2人と女2人という組み合わせ。もうイケイケです。
当時は今のブログじゃなくて昨今話題のまとめブログという奴をしておりその関係で会いました。
最初はその男と会う予定だったんですが、男とサシでオフか。話題に困ったら用事が出来たと言って帰ろうかと思ってたところそいつがtwitterの女の子のフォロワー連れてきますと言ったのでやるじゃんと思いそのままオフに。

さてオフ会です。
これまで何度もオフを経験してきましたが、やはり盛り上がらないオフ会というのがきついわけです。
昔15人くらいの大規模オフに行ったところ誰ひとり話さず携帯で○○達とオフ会。盛り上がってま〜す(^O^)と書き込まれていたのが、一番きつかったです。
ですが、今回は男女比ともに半々くらいだったのと普段コミュ障な僕ですがお酒を飲めばそこそこ話せるので、場が盛り上がり、僕を誘ってくれた男の知り合いも「いやあ僕酔うと女の子にセクハラしたくなるんですよね」と少々盛り上がりすぎてしまって、別に女の子をモミモミされるのを見ても僕は困らないですが、一応その場では僕が一番年長者でしたので止めに入らないといけなかったので止めることに。

でも「おいお前あまり調子に乗るなよ」とか言うとせっかく盛り上がってる場に水を差すことになるわけなので手っ取り早くお酒を飲ませて潰そうと思いました
黙っていたんですが実は僕お酒が飲める体質でして生ビールでしたらジョッキ10杯は飲めるという飲み放題で元を取れる男なんですね。昔も留年してプラプラしていたときシンガポールのプールバーで一気飲み大会があったんですが、シャンパン5本のグラスをあっという間に飲み干し周りから拍手喝采を浴びたこともあるんです。(優勝したのは最初からグラスを全部まとめて飲み干した白人でしたが)

自慢になるのかならないのかよくわからない特技ですが、ビール程度なら3杯くらいはすぐ飲めるので「まあまあ女の子をセクハラするなら俺と一緒に酒でも飲もう」と訳の分からない理論で一緒にジョッキを2杯ほど空けたところ、そいつがトイレに直行したんですね。
まあ飲ませすぎて便所で吐いてるのかなと思っていたらいつまで経っても帰ってこない。
女の子の方も彼氏と電話とかし始めて場が明らかに盛り下がってきたのでトイレに探しに行ったらですね。トイレで横に倒れてたわけです
しかも顔が真っ白で話しかけても返事をしない。これはヤバイということで救急車を呼びました。
せっかくのオフ会で救急車とかもう迷惑以外の何者でもないわけです。

実は僕お酒を飲ませすぎて救急車を呼んだことが今まで2回ほどあったので、一応手順みたいなのは慣れているわけです。
店側も勘弁してくれよという顔をしている中、救急隊員が到着。
そこでまず救急隊員は状況を聞くわけです。
「彼が少しお酒を飲みすぎてしまって〜」と言ったら救急隊員は「なるほど。彼の名前とかわかります?」
と聞かれたんですが、オフ会なので彼の本名を知りません。
なので正直に知らないですと答えたら「彼の住所とかは?」と聞かれるんですがこれまた知らない。
すると向こうは不審がるわけですねそりゃ。
「え〜とじゃああなたたちは何の関係の知り合い?」
「え、あ〜ネットの繋がりで」
「何のネット?」
「あ〜つ、twitterです」
twitterって何?
この時点で出会い系で知り合った並みの胡散臭さを持たれてましたけど、2011年の時はツイッター自体あまり知られておらず、え?そこから説明するの?と思って困ったなあと思ってたら、別の救急隊員が酔いつぶれた彼の財布から本名と住所を見つけとりあえず病院に搬送されることになりました。
病院に搬送されて本来なら1晩付き添わないといけないんですが、家が近いのと眠かったこともありそのまま家に帰ることに。病院のドクターとナースにさんざん小言を言われてしまいました。

さて、その酔いつぶれた彼ですが、どうやらただの飲み過ぎだったらしく次の日はケロッとした顔をしていました。本来なら1日だけだったんですが酔潰してしまったことと付き添わなかったことに罪悪感を覚えてしまったので彼が行きたがってた西の秋葉原と言われる大阪の日本橋を案内することに。

メイド喫茶とか行っても何が楽しいんだと普段思ってる僕でしたが、今回はメイド達もノリが良かったため一緒に萌え萌えキュンをしてたました。
o091810001290422419989.jpg萌え萌えキュン参考画像

するとその日が3月11日だったんでしたが、店内にあるテレビを見るとすごい地震が放映されていました。
その時はまだこんなひどい震災になるとは思えずに僕と酔いつぶれた彼はボケーっと眺めてました。
救急隊員から訝しげに聞かれたツイッターを見ると皆さんてんやわんやの大騒ぎを。
僕も当時遠距離だった彼女が東京にいたので「大丈夫?」とメールを送ったら「こっち地震ひどいけど今何してるの?」と聞かれたので「メイド喫茶にいてるよ」と緊張感のないメールを返したら「はあ?ふざけてるの?」とだけ帰ってきました。
まあ東京は大変なんだなとあまり情報が入ってこないためメイドさんたちとテレビを見ていたんですが、酔いつぶれた彼がボソッと「俺、大阪か東京のどっちかに行く予定だったんですけど、もし東京行ってたらどうなってたんでしょうね」と聞かれて良い返しが思い浮かばなかったから「そうだなー多分一緒にメイド喫茶行ってたかもしれないね」と言うと「そうですか」と気のない返事だけが帰ってきました。

今回の記事は酒の上での失敗にしようかなと思ったんですが今日が震災から3年経ったというのを知ったので、少し不謹慎かと思いましたが(そういえば震災の時不謹慎という言葉流行りましたよね)当時を振り返って懐かしいなと思ったので3.11の思い出というタイトルで上げました。
posted by ひろ氏 at 22:31| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

関西に行ってきました(1日目京都編)

お久しぶりです。皆さんお元気でしたでしょうか。
前回何をトチ狂ったかいきなり風俗の体験記を載せて俺は何てものを公開してしまったんだと後悔(公開と後悔を合わせた高度なギャグ)して更新をストップさせてたわけじゃありません。
ただダラダラしてただけです。

そんなダラダラしてた中ですが旅行にも行ってきたので写真でもうpしたいなと思ってます。
行った先は京都、大阪、神戸です。一応神戸が実家なのですが働いてからはそんなに帰れないだろうと思い
せっかくだから関西をぶらついてみることにしました。

さて旅行に行こうと考えたのはいいですが、金がない。
なので高速バスを選択したがこれが思えばミスでした。
高速バスはみなさん乗られたことあるでしょうか。僕も一時期関西から東京をバスで何度も往復していた時があるんですがこれがまたキツイ。
10時間ほど狭いバスに乗るわけですので寝ないとダメなんですが、神経質なのと座席が狭いため寝れないわけですね。
一応今回も対策としてバスに乗る前日早めに起きる。そして軽く運動をして寝やすくしてアレルギーの薬を飲む(眠くなる効果が入ってるので)。さらにバスに入ってビールを2本飲んで寝やすくするとばっちりバス対策をしたんですが眠くなったのは京都に着く20分前
早朝の寒さが堪える中、見事に京都駅に放り出されました。
高速バスで旅行する方には前もってアーリーチェックインをしないとキツイということを知っておいて欲しいですね。
朝早くはあまりお店も開いてないため京都駅のマクドナルドの前には行列が並んでいました。
ちなみにこのサイトでは朝早く京都駅付近で開いてるお店があるので何かあったら参考にどうぞ。
彷徨京都
今回はそのまま観光に行きましたが朝から風呂やお寺に行くというのも楽しそうですね。

それでホテルに荷物を置きに行ったんですが、ホテルのチェックインは14時だったためそれまで眠気と雪が降ってる中(この日京都も珍しく雪が降っていました)京都観光へ。
アーリーチェックインの重要さを噛み締めながら雪の中まずは朝から開いてる清水寺に向かいました。
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京都といえば清水寺みたいなところありますから普段来るだけで観光客はいるわ、バスは多いわ修学旅行の学生がうるさいわであまり好きじゃないんですが、さすがに朝の7時前に来たのでもう人が全然いない。
早起きは3文の得とはよく言ったものですね。並ばないで清水の舞台に即入れました。

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有名な清水の舞台なんですが、どうやら改装中だったらしく清水の舞台は半分ほど塞がってました。
さて清水の舞台から飛び降りるという諺がありますが、飛び降りて怪我をしなかったら願いが叶うと信じた
馬鹿ピュアな方が多かったために明治時代に政府が直々に禁止したそうです。
じゃあ怪我をしたいと思って飛び降りたらどうなるのかしらと前から思ってましたがどうなるんでしょうか。

朝8時頃に着いたのですが清水寺でダラダラしてたら10時を過ぎてたので、次は銀閣寺に。
銀閣寺には昔行ったのですがその時はしょぼいなあと思い、感性豊かな大人になった今行くとどうなるのかと
雪の中向かいました。

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うんしょぼい
庭は確かに綺麗なんですが、これ銀閣寺だよと言われなければ分からないくらいのしょぼさ。
しかも金閣寺に比べて入場料が100円高いというのもマイナスです。
印象に残ってたのは僕の目の前を歩いてた外人2人組が中国人に写真撮ってくれと頼んで中国人が流暢な英語でOKと言ってたくらいでした。

その次向かったのは金閣寺。
銀閣寺に比べても100円安く入れますけど金箔貼ってるからなんかお得感があるお寺です。
雪景色の中金閣寺を見たかったんですがお昼ころには雪が止んでしまい少しがっかりでした。
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1950年の放火により炎上し、、国宝の足利義満像も焼失してしまい新たに立て直したそうですがロストテクノロジーじゃないですけど昔の金閣寺の方が綺麗だったとか。あと立て直してからは金箔の歪みなどが起きてるそうです。でも金閣寺も久しぶりに見れて満足でした。
ただこの時期修学旅行でしょうか。中学生の集団が集まっていて、なんかカップルっぽいのがいちゃこらしていたので、隣のカップルが別れることと世界平和が実現するようにとお祈りしときました。

京都で最後に向かったのは伏見稲荷神社でした。
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伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は京都市伏見区にある神社。旧称は稲荷神社。式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。
全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社である。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)。現存する旧社家は大西家。(wikipedhia参照)

行ってみて思ったんですがとにかく鳥居が多い。どうやら山頂までずらっと鳥居が並んでいるらしくその数は千本以上。ネットで調べたところ、未だ数えつくした者はいないみたいで、
「人がくぐれる大きさの鳥居は5千本以上」とか、 「鳥居の数は10000基あるらしい」とか、
「一万を超えているそうです」とか、 「おそらく数万本はありそうです」とか、意見はばらばら。
なんかここまで来ると怨念じみたものを感じて少々気味が悪いですが、京都に来たなら一回はおすすめしときたいものです。
そして駅も伏見稲荷駅となってるだけあって鳥居をモチーフにしたものとなってます。
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さてそんな伏見稲荷も昨今のゆるキャラブームに乗っ取ったのか、伏見稲荷を舞台にした萌えアニメをするそうです。
その伏見稲荷を舞台にした萌えアニメの主人公が駅にもあったので思わずパシャリ。
さあその気になる主人公の名前は
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伏見いなり
うんもう少しひねろう。
それともう一人は
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キャバクラ嬢の源氏名の方が考えて作ってるんじゃないかと思うようなネーミングセンス。
いま放映されてるみたいですが、はたして成功するのでしょうか。

そして帰り道にうずらの焼き鳥があったのでせっかくだから食べてみました。
小骨が多かったですけど意外と美味しかったです。雀の焼き鳥もあったのですが売り切れでこちらは食べれず。
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ここまで回ったあたりで体力の限界となりホテルで爆睡しました。
2日目の映画村と神戸、大阪編は次に回したいと思います。
posted by ひろ氏 at 23:01| Comment(3) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする